思考は揺らめく道化師の羽

読んだ本と琴線に触れた音楽を綴る場所。かつて少年だった小鳥にサイネリアとネリネの花束を。

一時間だけ、天国のような夢を見た。

私は仕事帰りに草を踏みながら歩いていた。

前から目を付けていた木陰のベンチを見つけた。

そこに腰かけて本を読むと、いつもより幸せな気分になれた。

赤い表紙の若きウェルテルの悩み。

幸福感がふくふくと胸の内から湧き上っているかのようだった。

夏なのに春のような陽気な天気で、思わず私は目を細めた。

「ちょっと待ちなさい。」

声がしてそちらへ顔を向けると、女の人が私の前に立っていた。

「隣、良いかしら?」

私がうなずくと、彼女は私の隣に腰かけた。

「ここはとても気持ちいいわね。まるで隠れ家みたい。」

「偶然通りかかったのよ。行きたい行きたいと思ってて。たまたま通りがかったら、あなたを見つけたの。」

そういいながら、彼女は重そうな荷物をベンチの上に置いた。

私は荷物を片づけて、どこか別の場所に移ろうとした。

「あなたもずっとここにいていいのよ。一緒にお菓子を食べましょう」

あなたにあげる。とても美味しいものよ。前から食べたいと思ってて、今回やっと買えたのよ。

そういって、彼女は私にお菓子を手渡した。

私は読みかけの本を閉じて、手渡されたお菓子をじっと眺めながら、思い切って口の中に入れた。

それは意外とほんのり香ばしく、いい味をしていた。

「美味しいです、これ」

彼女は微笑みながら言った。

「そう?もっと食べなさい。遠慮はいらないから」

風は強く吹き抜けている。

栴檀の木が大きく揺れる。

まだ熟していない枇杷が私の頭上でしなやかに揺れている。

小鳥は小さく囀っている。

足元でモンシロチョウが跳ねまわるように飛んでいる。

つかの間の白昼夢に溶けながら、私は彼女に見えない場所で涙をこぼした。

私も彼女のように見返り無しで何かを与えられたら。

「また来るわね。あなたに会いに」

私は彼女の姿が遠く見えなくなるまで、そっと見送った。