思考は揺らめく道化師の羽

読んだ本と琴線に触れた音楽を綴る場所。かつて少年だった小鳥にサイネリアとネリネの花束を。

a bird

真夜中、青白い月から斜めに射し込んだ光が男を照らし出す。
彼は月夜に輝く星をじっと見ている。
空は見るそばから凍りつくほど澄んでいて、雪がちらついていた。

東の方から鐘の音が聞こえる。
それを耳にした途端、男は慌てたように助走をつけて走り出した。
脚が霜焼けになりそうだ。

走っているそばから、ぞわぞわと背中が泡立つ。
産毛の一本一本に、白くてしなやかなものが植え付けられてゆく。
すでに体は、得体の知らぬ鳥になっている。

その割に、男は動じる気配がない。
これ以上どんなことが起ころうとも、なにも恐れることはない。
そう言い聞かせているようだ。

彼はありったけの息を吸い込むと、
翼を広げた。

山の麓の巨大な塔に釣り下がる、
古びた黒い鐘。

あれを鳴らす為なら、どんなに理不尽なことでも乗り越えてみせる。
目が、真摯に訴えている。

背中の翼を、思い切り羽ばたかせる。
真新しいそれは純白に輝いて、眼前に銀色の水平線を映し出す。

俺は、これから会いに行くのだ。
自らの過ちで失ってしまった、彼女を取り戻すために。