霞と化した氷の人魚
去年からずっと悶々と考えている。
どうしてこの曲とこの曲が重なるのか。
※
ぼんやりと影が見える。
夜のように深い藍色の鱗を持ち、蒼い牡丹の花の簪を挿した、藍と紫が混じる光の無い瞳でこちらを見つめる、長い尾を持った人魚。
今すぐにでもあちらへ行きそうで、酷く危うい。
彼女はどうやら、落としてしまったみたいだ。
大切な星のようなものを。
切り離された半身はどこを漂っているのか。
あの海は紺青と青紫を混ぜた色をしている。
すべて泳ぎ切るには水は冷たく、
私一人で向かうには過酷すぎる。
そうこうしている間に、
「彼女」は深い海へと堕ちてゆく。
一刻一刻、底へと沈む。
脳内にイメージが刻まれる。
どうすればいいのだ。
一観客である私に、何が救えるというのか。
「怪我をしているよ、この娘」
「可哀想に、誰かに酷く傷付けられたんだ」
「誰が一体こんなことをしたのか」
また霧に包まれてしまった。
掴めないあの娘は、本当の姿を隠そうとする。
もう私は既に『解って』しまっているのに。
泡を吹いて倒れるまで、姿を明かさないつもりだ。
「ふたりには、もうひとつの名前があるんだよ。」
『彼女は本来の姿ではない』と誰かが言う。
じゃあ、今舞台の隅にいるあの子は誰?
ここは苦しくて耐えられない。
イメージがまた流れ込んでくる。
長い鰭を靡かせて、かんかんと凍った水晶と南京玉が漂う海の中を静かに泳ぐ。傍から海は泡立ち、規則的に影が揺らぐ。そこまでして見せたくない「何か」があるらしい。
本来の姿をひた隠す氷の人魚。
舞台の上で唄う対の白狼の人形。
毒を孕んだ甘い歌声は悲鳴のようで、
気を付けていないと脳まで侵されてしまう。
横でにやにやと嗤うのは、銀灰色の耳と尾を持つ狼に似た「何か」。
狡猾な眼差しで、堕ちるのを面白がっている。
姿は「人形」に瓜二つだ。
※※
それは知らなかった。
自分が人魚の台本の上で踊っているのを。
「何か」が自分の上位交換なことを。
ずっと、彼女は何かのふりをしていた。
人形の姿をコピーしたそれは、それまで以上に華やかにはしゃぐようになった。
偽物が本物に成り代わる。
「それ」は誰よりも美しく、狡猾だった。
「あの娘は罪を犯したから、きっと戻って来れないよ」
「対になるお人形に『踊らせて』いるんだ。張りぼての舞台を踏み台にして。」
「何故彼女は欠陥があるそれを組み立てた?私欲の為にか?誰かの物語を踏み躙った、穴だらけの台本を人形に渡した!許されぬ事だ!」
「今はまだ、霧の中に包まれたままでいい。」
「嫌でも知ることになる。事実に耐えなくてはならないんだ」