思考は揺らめく道化師の羽

読んだ本と琴線に触れた音楽を綴る場所。かつて少年だった小鳥にサイネリアとネリネの花束を。

人を憎しみから救うために。

しがみ付くことは、憎しみや悲しみから生まれる。

確かにそこから生まれる名作もある。

しかし、それらは刺激が強すぎる。

簡単に言えば、病み付きになってしまうということだ。

もっと悲しみも深い悲しみではなく、もっと普通の悲しみだったらいいのに。

喜びも狂喜乱舞のような喜びではなく、もっと誰もが共有できる喜びならばみんな幸せになれるのに。

そう考える私は自分勝手だろうか?

わがままなんだろうか。


どうか、憎み合う世の中じゃなくて、みんなが幸せでありますように。

その為にも、どちらかの考え方に偏ったものじゃなくて、誰もが普通に愛せる作品たちがこの世にたくさん生まれますように。

私はそれを強く望む。

逃げるために依存する人:メモ

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)


儲けがそのまま酒やたばこや嗜好品に行ってしまうことも少なくない。

そうなるのは、とてもとても悲しい。


もし、彼らが本をもっと読んでいたならば、こんな悲劇は起こらなかったのだろうか。

ある種の病気の人にとって、酒やたばこ、あるいはゲームなどは毒物だ。

依存しやすくなるからだ。

自ら、身体が蝕まれてしまうことも少なくない。

しかし、本人は自分が病気だとは気付いていないか、

気付いていたとしてもそのことに対して言及することを意識的に避けている。

それが病気を悪化させることとも知らずにだ。

ならば、その対策とはなんだろう。

一つは周りの理解。

もうひとつは、本人の自覚だ。

「何かがおかしい」。それが解れば治せる。

真の問題は、本人たちがトラブルを(自分たちが病気だと知らず)

起こしてしまっているケースだ。

その場合はもはや手遅れかもしれない。

もうすでに病院にかかりつけになっているか、本人たちも手の施しようがないほど心が壊れてしまっている可能性が高い。

私たちはそのような被害者を減らすために、

彼らがなりたくて依存しているわけではないことを知っておかなければならない。

この問題は死ぬまでなくならないのだ。

好きだからいい、逃げるために酒やたばこを飲む、吸う、飲むために飲む人がいなくならない限りは。


もし、私の言葉で誰かが救われるのなら、そうであってほしいと思う。

少々きつく書きすぎたので、この場をもってお詫びしたいと思います。

傷つけたら謝ります。言いたい放題書いてすみませんでした。

来る日と去る日の前に捧げる三曲。

 来る日と去る日の前に、黙とう。

「no 命の跡に咲いた花」、「金色の螺旋」、「花 -Mémento-Mori- 」。





これは当たり前ながら実際にあった出来事で、決して忘れてはいけないことだ。

「もう、二度とこのような悲劇が繰り返されませんように」

八月六日上々天気とガラスのうさぎを思い出しながら、広島、長崎の原爆の日の前に、私は強く願う。

いつか必ず、千羽鶴を広島に捧げに行かなければ。

あとで憲法の本を読みに行こう。

たった一人のちっぽけな祈りでも、誰かに伝われば、これほど救われることはないと思っているから。

ひずんでしまった君に問う。

「君は歪んでる。非常に。」

「人を、憎み過ぎているから。」

「人を憎んだって、良いことなんて何にもないんだ!」

「元々はそんな子じゃなかったのに」

「ねえ、いつまでそうし続けるつもりだい?」

「未来を見なきゃいけないのに。」

「楽しいことにどっぷりつかるのは楽しいこと」

「でも、それに依存するのは危険なこと」

「人と一緒にいるのは楽しい、でも一人で生きていかなきゃ」

「孤立と自立は違う」

「心を壊して、辛いのは分かる」

「有能である時と、無能である時との気分の落差が激しいのは、

あなたが悪いからじゃない」

「君は一人で立ち向かうべきなんだ。君ならちゃんとできるのに。」

「もっと優しい人の場所の方へ行くべきなんだよ。利用する人の方じゃなくて。」

今一度、フェスと音楽について考えてみる。

フェスが肥大している。

バブル期を髣髴とさせるように、アーティストが大量に放り込まれ、規模が膨れ上がっている。

もう、ここまできてしまったか。

大量に溢れかえったアーティストから、自分のお気に入りを見つけることが大変難しくなっている。

その原因の一つとして挙げられるのが、フェスは儲かるから、だと思う。

そしてもう一つの理由が、音源の購買意欲の低下、ファンのコア化(オタク化)である。

もう、よっぽどのことがない限り、音楽をCDで極力買うという私のような人は少ないと思っている。

アーティストがコアと化してしまえば、新規顧客は近づきがたい。

つまり、新しいお客が音楽を買うということを逃してしまうということである。

それと、音楽に限らず、全ての物の値段がプレミア化してしまっているところもある。

比較的若い人をターゲットにしているアーティストは、お金の制限の中から自分たちを選んでもらうということを余儀なくされるだろう。

お金のコネ≠儲けと知名度の向上、とまではいかなくても、

お金を持っている、もしくは生み出すことができる才能のある人が生き残っていくことは間違いない。

そのため、いかにファンを奪うかということを第一に考えてしまい、未来に向けての音楽を提供するということが難しくなる。

同族(他のアーティスト、同期)との派閥、競争もあるだろう。

もっと言えば、メンバー内でのいざこざ、おっかない争いもあるだろう。

その為、強い個性を持つ者たちの(ファンの)奪い合いという現象が起きている。

このような競争の激化は比較的安定しているアイドルでも起こってしまっている。


辛辣に書いてしまったが、この問題に対策はあるのだろうか。

それは、極力未来を見るように心がけ、そのうえで先のことを考えているアーティストにお金を提供することだ。

そして、肥大しすぎたフェスはいつか崩壊するということ。

それを踏まえて音楽を楽しむこと。

刹那主義は楽しいが、(私もできるならそうありたい、好きだから)

その反面、未来が見えないということ。

それを良く考えていてほしい。

夢は誰が見るものなのか?

「君は美しい。でも、醜い。」

両極の思いを胸に抱えて彼らは、永遠に夢を見続ける。

そういう宿命だから。

夢に取り込まれて、引きずられた人間だから。

未来永劫の夢の世界へいくのか?

いや、それはー

しかし、真の敵が違う。

「誰かが空想を肥大させている。」

最初は、面白半分で。

誰かによって歪まされて。

「もう、すでに彼は壊れてしまっている」

「強力な物語の世界の前では、力は適わない。

もっと大きな物語=影響力がある話でなければ、渦のように引き込まれる。」

「巻き込まれるのは、周りの人たち。もしくは、それらが好きな人たち。」

「その世界に惚れてしまったら、恋してしまったら、抜け出すことは難しい。」

そして、おそらく巻き込んだ主催者は自分が蒔いた種だとは気付いていない。

奇妙なことになったと思っているだけだ。

私たちもまた、夢の世界に巻き込む人間であり、またその反対の人間でもあることに、気づいていない。

心、つまり「考え方」と、その肉体とが分裂しているのか。

何かを伝えたい、そのために利用してやるという気持ちがこの不幸を招いたのか。


「知ってる?夢の世界では理想の姿でいられるんだよ。」

「潔癖と醜悪は紙一重、分かってるでしょ?実は。」

「いつまでも踊り続ければいいさ、君はそれが趣味なんだろう?」

「踊らされるより、私は踊りたいね。」

「自分で踊らされてると分かってなかったとしても?」

「他の人が君のことをどう見ているかなんて頭に入っていないんだね。」

「僕は分かっている。自分自身が酔狂だってことを。」

「色んなことをズバズバ言いすぎるんだ。困ったことにね。言いたいことを止められない。」

真相なんて、誰にもわかりはしない。

当事者以外には。